12.歩くのが遅くなったら確認してほしい「栄養」のこと

「最近、家族と歩くと少し遅れるようになった」「横断歩道を渡りきれるか不安になった」「買い物の途中で立ち止まることが増えた」。こうした変化を、単に「歳を取ったから」と見過ごしてはいないでしょうか。

歩く速さは、脚だけで決まるものではありません。筋肉の量や力、関節の状態、心臓や肺の働き、視力、バランス、神経の働き、気力など、全身の状態が組み合わさって表れます。そのため、以前より歩くのが遅くなったことは、身体からの小さなサインと考えられます。厚生労働省の「後期高齢者の質問票」にも、「以前に比べて歩く速度が遅くなってきたと思いますか」という項目があります。[1]

歩く速度と栄養はどうつながる?

歩くためには、身体を支え、前へ進ませる筋肉が必要です。その筋肉を保つには、たんぱく質だけでなく、身体を動かすエネルギーや、さまざまな栄養素が欠かせません。

食事量が減り、必要なエネルギーや栄養素が不足すると、身体は蓄えている脂肪だけでなく、筋肉も分解して補おうとします。筋肉量や筋力が低下すれば、歩幅が小さくなり、足が上がりにくくなり、以前と同じ距離を歩くにも時間がかかることがあります。低栄養はフレイルを招く重要な要因であり、歩行速度の低下はフレイルを捉える代表的な項目の一つです。[2]

ただし、「歩くのが遅い=低栄養」と決めつけることはできません。膝や腰の痛み、脳や神経の病気、心臓・肺の病気、貧血、薬の影響、視力低下、うつ状態などでも歩き方は変わります。大切なのは、歩行速度の変化をきっかけに、食事を含めて原因を広く確認することです。

比べる相手は「同年代」ではなく「以前の本人」

歩く速さには個人差があります。家族や友人より遅いからといって、それだけで問題とは限りません。注目したいのは、以前の本人からどう変わったかです。

たとえば、次のような変化がないか振り返ってみましょう。

  • 一緒に歩く人から遅れるようになった
  • 歩幅が小さくなり、すり足が目立つ
  • 信号が青の間に渡るのが難しくなった
  • 買い物や散歩の途中で休むことが増えた
  • 手すりや家具につかまる場面が増えた
  • 外出する距離や回数が減った

一つだけで低栄養と判断するものではありません。しかし、体重減少、食欲低下、食事を残す、疲れやすい、服が緩くなった、ふくらはぎが細くなった、といった変化が重なっていれば、栄養状態も確認する意味があります。

「食べられているか」を具体的に確認する

本人に「ちゃんと食べている?」と聞くだけでは、多くの場合「食べているよ」と返ってきます。そこで、より具体的に確かめます。

「この半年で体重は減っていないか」「一日三食とれているか」「主食だけで済ませていないか」「肉、魚、卵、大豆製品、乳製品などを食べているか」「硬いものが食べにくくないか」「お茶や汁物でむせないか」「買い物や調理が負担になっていないか」。食べる量だけでなく、噛む・飲み込む力、生活環境まで見ることが大切です。

まずは定期的に体重を測り、食事の内容を数日間メモすると、変化を伝えやすくなります。急に大量に食べさせたり、たんぱく質だけを増やしたりするのではなく、普段の食事に卵、豆腐、魚、肉、乳製品などを無理なく加え、全体のエネルギーも確保します。

腎臓病などで食事療法を受けている人は、自己判断で食事内容を変更せず、医師や管理栄養士に相談してください。

「食べる→動く」の順番を意識する

歩く力を保つには運動も重要です。しかし、食事量が落ち、体重も減っている人に「もっと歩こう」と運動だけを勧めても、材料とエネルギーが不足したままでは身体に負担となることがあります。

まず食べられているかを整え、その人の体力や病気に合った範囲で身体を動かす。この「食べる→動く」の組み合わせが基本です。栄養を取ることと運動をすることを別々に考えず、両方を本人の状態に合わせて進めます。

近年の研究でも、サルコペニアのある高齢者では、栄養と運動を組み合わせた取り組みが、歩行速度などの身体機能の改善に役立つ可能性が示されています。ただし、効果や適切な方法には個人差があります。[3]

急な変化は早めに医療へ

歩く速さが徐々に落ち、体重減少や食欲低下も続く場合は、かかりつけ医に相談しましょう。必要に応じて管理栄養士、リハビリ専門職、歯科医師・歯科衛生士、薬剤師などにつながることで、食べられない原因と動きにくい原因の両面を確認できます。

とくに、歩き方が突然変わった、片側の手足に力が入らない、言葉が出にくい、強いめまいがある、胸痛や息苦しさを伴う、といった場合は緊急性のある病気も考えられます。様子を見続けず、速やかに医療機関へ連絡してください。

歩くのが遅くなったことは、低栄養の診断ではありません。それでも、体重計の数字や食卓だけでは見えにくい変化に気づく入口になります。

「歳のせい」と片づける前に、最近の食事、体重、病気、薬、生活の変化を一緒に振り返る。その小さな確認が、歩く力と自分らしい暮らしを守る一歩になります。


執筆者
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金

参考文献・参考資料

[1] 厚生労働省「後期高齢者の質問票(案)項目の考え方
[2] 厚生労働省 e-ヘルスネット「高齢者の低栄養予防
[3] Frontiers in Nutrition, “Exercise and nutrition strategies for sarcopenia in older adults: evidence from a network meta-analysis based on EWGSOP and AWGS criteria

初回公開日
2026年9月3日

最終更新日
2026年9月3日