『高齢者の低栄養を知る100の話“90”』
低栄養を予防できれば、入院や要介護化を減らし、将来の医療費・介護費を抑えられる可能性があります。社会保障制度を維持するうえで、この視点は重要です。
しかし、社会保障費の削減だけを目的にすると、低栄養予防の本来の価値を見失うおそれがあります。
中心に置くべきなのは、本人が食べる力と生活する力を保ち、望む場所で自分らしく暮らせることです。費用の変化は、取り組みを継続するために確認する成果の一つです。
「使わせない予防」になってはいけない
医療費や介護費を減らすことだけが目標になると、必要な受診やサービス利用まで抑える方向へ進みかねません。
体重減少の背景には、がん、感染症、心不全、消化器疾患、うつ、認知症、嚥下障害、薬の有害事象などが隠れていることがあります。このとき必要なのは、食事の助言だけで済ませることではなく、原因を調べ、適切な治療や支援につなぐことです。
早期に受診した結果、一時的に医療費が増える場合もあります。それでも病気を早く発見し、重症化を防げれば、本人にとっても地域にとっても意味があります。
予防とは、医療や介護を利用させないことではありません。必要な支援は早く届け、予防できる悪化や入院を減らすことです。
本人の責任にしてはいけない
「低栄養にならないように食べましょう」と伝えるだけでは解決できない人がいます。
歯が痛い、薬で吐き気がする、買い物へ行けない、調理ができない、食費を確保できない、一人では食欲が湧かないなど、本人の努力だけでは変えにくい原因があるからです。
費用削減を強く求めすぎると、改善しない人が「自己管理のできない人」と見られたり、成果の出やすい人だけが支援対象になったりする危険があります。
健康日本21(第三次)は、健康寿命の延伸に加えて健康格差の縮小を掲げ、「誰一人取り残さない健康づくり」を進めています[1]。低栄養予防にも、支援を必要とする人ほど取り残さない視点が必要です。
本来の成果は生活の中にある
低栄養予防の成果は、体重や検査値だけでは測れません。
食事を楽しめるようになった、自分で買い物へ行けた、転ばずに歩けた、通いの場へ戻れた、家族と暮らし続けられた。こうした変化も重要な成果です。
厚生労働省の高齢者保健事業のガイドラインも、住み慣れた地域で自立して生活できる期間の延伸と、生活の質の維持・向上を目的に挙げています[2]。WHOも、健康な高齢化を、高齢期の幸福を可能にする生活機能を保つことと捉えています[3]。
したがって、低栄養予防は「いくら削減できたか」だけでなく、本人の生活や希望がどう変わったかで評価する必要があります。
経済評価は不要なのではない
費用だけで考えてはいけないからといって、経済効果を調べなくてよいわけではありません。
自治体や医療保険者が事業を続けるには、人員や費用に対して、どのような成果が得られたかを説明する必要があります。ただし、短期間の医療費削減だけでは価値を正しく捉えられません。
評価には、次のような複数の視点が必要です。
- 体重、食事量、筋力、栄養状態が改善したか
- 生活機能や生活の質が保たれたか
- 必要な医療・介護・栄養支援につながったか
- 入院、再入院、要介護化に変化があったか
- 家族の負担が軽くなったか
- 地域や所得による支援格差が生じていないか
- 事業費に見合う成果が得られたか
成果が表れるまでに時間がかかることや、病気の進行など予防だけでは変えられない要因も考慮します。
削減ではなく、よりよく使うための予防
低栄養予防に取り組んでも、医療や介護が不要になるわけではありません。むしろ早期発見によって、医師、歯科医師、薬剤師、管理栄養士、介護職などの支援が新たに必要になることもあります。
それは無駄な支出ではなく、重症化する前に必要な支援へ資源を振り向けることです。
社会保障費を守るとは、単純に支出を減らすことではありません。必要な人が必要な支援を受けられる制度を、将来まで維持することです。
低栄養予防の第一の目的は、本人の尊厳、生活、食べる楽しみを守ること。その実現と同時に、医療・介護資源をより効果的に使い、制度の持続可能性にもつなげる。この順序を取り違えないことが大切です。
執筆者:一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
参考文献・参考資料
[1]厚生労働省 e-ヘルスネット「高齢者の低栄養予防」
[2]厚生労働省 e-ヘルスネット「健康日本21(第三次)」
[厚生労働省「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン 第2版」
[4]世界保健機関(WHO)「Ageing」
初回公開日
2026年10月17日
最終更新日
2026年10月17日
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