31.高齢者が食べられなくなる本当の理由――「食欲がない」だけではない

高齢者が食事を残すようになると、「食欲がないのだろう」と考えがちです。しかし、「食欲がない」は原因ではなく、本人が感じている結果を表す言葉かもしれません。

噛むと痛い、飲み込みにくい、薬を飲むと気持ちが悪い、買い物に行けない、一人で食べても楽しくない――こうした事情があっても、本人はうまく説明できず、「食欲がない」とだけ答えることがあります。

食べる量を増やすには、単に好物を並べたり、「もっと食べて」と励ましたりするだけでなく、なぜ食べられなくなったのかを探す必要があります。

「食欲がない」の後ろにある六つの問題

高齢者が食べられなくなる原因は、大きく六つに分けて考えると整理しやすくなります。

1.病気や身体症状の問題

感染症、心臓や肺の病気、がん、消化器の病気などによって食欲が落ちることがあります。発熱、息切れ、痛み、吐き気、下痢、便秘などの症状も、食事量を減らします。病気に伴う炎症があると、食べる量が減るだけでなく、身体のたんぱく質が分解されやすくなる場合があります。

GLIM基準でも、低栄養の背景として、食事摂取量や消化吸収の低下だけでなく、病気による負荷や炎症を確認します[1]。食べていないことだけを直そうとしても、原因となる病気への対応がなければ改善しないことがあります。

2.口と飲み込みの問題

歯が痛い、義歯が合わない、口が乾く、噛む力が落ちた、舌が動かしにくい、飲み込むとむせる。このような変化があると、食べられる食品が限られます。

肉や野菜を避け、粥、麺、パンなど軟らかい物ばかりになれば、食事量は保たれているように見えても、たんぱく質などが不足する可能性があります。食事に時間がかかる、口の中に食べ物が残る、食後に声が変わることも手がかりです。

3.薬と治療の影響

薬によって、吐き気、便秘、下痢、口の乾燥、眠気、味やにおいの変化などが起こり、食べにくくなる場合があります。薬の数が増えれば、服用のための水分で満腹になる、食事時間が複雑になるといった問題も生じます。

新しい薬を始めた後や、薬の量が変わった後に食欲が落ちていないかを確認します。ただし、薬は自己判断で中止せず、症状と経過を医師や薬剤師へ伝えてください。

4.気持ちと認知機能の問題

配偶者との死別、孤独、不安、うつ状態などによって、食べる意欲が低下することがあります。好きだった料理に興味を示さない、外出や会話も減った、眠れないといった変化がないかを見ます。

認知機能が低下すると、食事をしたことを忘れるだけでなく、食材の使い方が分からない、調理の手順を組み立てられない、目の前の料理を食べ物として認識しにくいといったことも起こります。

認知症の栄養支援でも、低栄養の原因を系統的に評価し、可能な範囲で取り除くことが勧められています[2]。

5.身体を動かす力の問題

歩けない、手に力が入らない、長く立っていられないと、買い物や調理ができなくなります。容器を開けられない、包丁を使えない、食卓まで料理を運べない、箸を使いにくいといった小さな不自由も、食事量に影響します。

活動量が落ちると空腹を感じにくくなり、食べないことでさらに筋肉が減るという悪循環も生まれます。食事内容だけでなく、買う、作る、運ぶ、食べるという一連の動作を確認する必要があります。

6.生活環境と社会的な問題

店が遠い、交通手段がない、食費を抑えている、調理設備が使いにくい、一人分を作るのが面倒、家族の介護で自分の食事が後回しになる。このような環境も、食べられない原因になります。

一人暮らしや高齢者だけの世帯では、欠食や食品不足が起こることがあります。厚生労働省も、独居、行動範囲の縮小、精神的ストレスなどを、高齢者の低栄養につながる要因として挙げています[3]。

原因は一つとは限らない

実際には、六つの問題が重なっていることが少なくありません。

たとえば、義歯が合わず肉を避けるようになった人が、配偶者を亡くして調理もしなくなり、さらに新しい薬で口が乾いているかもしれません。この場合、栄養補助食品を渡すだけでは十分な解決にならないでしょう。

国際的な高齢者栄養の指針でも、栄養支援は個別的かつ包括的に行い、必要に応じて多職種で対応することが勧められています[4]。

歯の問題なら歯科、薬の問題なら医師や薬剤師、食事の組み立てなら管理栄養士、生活支援ならケアマネジャーや地域包括支援センターなど、原因によって相談先も変わります。

家族が聞きたい五つの質問

「食欲はある?」だけで終わらず、次のように具体的に尋ねてみましょう。

  1. いつから、どのくらい食べる量が減った?
  2. 食べると痛い、むせる、気持ちが悪いことはある?
  3. 食べにくくなった食品はある?
  4. 薬や体調、生活環境に変化はあった?
  5. 買い物、調理、配膳を自分でできている?

加えて、現在の体重と以前の体重、実際に食べた量を記録します。「最近痩せた」「ほとんど食べない」という情報だけでなく、時期と変化量が分かれば、専門職が原因を考えやすくなります。

すぐ医療へつなぎたい変化

水分もほとんど取れない、意識がぼんやりする、強い息苦しさや胸痛がある、繰り返し吐く、黒い便や血便が出る、急に飲み込めなくなった場合は、早急な医療相談が必要です。

また、急な食欲低下、意図しない体重減少、発熱、痛み、むせ、下痢や便秘が続く場合も、「歳のせい」で様子を見続けず、かかりつけ医などへ相談してください。

高齢者が食べられなくなったとき、最初にすべきことは、無理に食べさせることではありません。食べられない理由を一つずつ探し、取り除ける原因に対応することです。

口、病気、薬、気持ち、認知機能、暮らしを広く見る。そのうえで食べられる状態を整え、必要な栄養を確保し、再び無理のない活動につなげる。

この「原因を探す→食べる→動く」という順序が、低栄養の悪循環を断つ出発点になります。


執筆者
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金

参考文献・参考資料

[1]日本栄養治療学会「GLIM基準について
[2]Volkert D, et al. “ESPEN guideline on nutrition and hydration in dementia—Update 2024.” Clinical Nutrition. 2024;43(7):1599-1626.
[3]厚生労働省 e-ヘルスネット「高齢者の低栄養予防
[4]Volkert D, et al. “ESPEN practical guideline: Clinical nutrition and hydration in geriatrics.” Clinical Nutrition. 2022;41(4):958-989.

初回公開日
2026年9月16日

最終更新日
2026年9月16日