『高齢者の低栄養を知る100の話㉜』
「食欲はあるのに、以前ほど食べられない」。その背景には、噛む力や飲み込む力の低下が隠れていることがあります。
食事は、食べ物を口に入れれば終わりではありません。食べ物を認識し、口へ運び、歯や歯ぐきで噛み、唾液と混ぜ、舌でひとまとまりにして喉へ送り、安全に飲み込むという一連の働きで成り立っています。このどこかがうまくいかなくなると、食べられる食品が減ったり、食事に時間がかかったりして、低栄養の入口になることがあります[1]。
「噛めない」と食事の選択肢が狭くなる
噛む力が低下すると、肉、魚の一部、根菜、きのこ、海藻など、弾力や繊維のある食品を避けやすくなります。その結果、ごはん、麺、パン、粥、豆腐など、食べやすいものに偏ることがあります。
軟らかい食品が悪いわけではありません。しかし、主食だけで食事を済ませる日が増えれば、エネルギーは取れていても、筋肉や身体を保つタンパク質、ビタミン、ミネラルなどが不足する可能性があります。「毎日3食食べているから大丈夫」とは限らないのです。
入れ歯が合わない、歯が痛い、口が乾く、舌を動かしにくいといった問題も、噛みにくさにつながります。本人が「噛めない」と言わなくても、硬い食品を残す、好きだった肉を食べなくなる、食事が単調になるといった変化として現れることがあります。
「飲み込めない」と食べることが怖くなる
飲み込む力が低下すると、水やお茶、汁物でむせる、食べ物が喉につかえる、飲み込んだ後に声がガラガラする、食事に以前より時間がかかるなどの変化が見られます[2]。
むせや窒息への不安があると、本人は無意識に一口を小さくしたり、食事を途中でやめたりします。人前でむせるのが恥ずかしく、会食や外出を避ける人もいます。水分まで控えるようになれば、脱水にも注意が必要です。
さらに、食べる量が減ると体重や筋肉が減り、姿勢を保つ力や、噛む・飲み込むために使う筋肉も弱くなりやすくなります。すると、ますます食べにくくなるという悪循環に陥ります。
つまり、低栄養は単に「食欲がない人」だけの問題ではありません。「食べたいのに、口や喉の働きが追いつかない人」にも起こり得ます。
家族が気づきたい食事中の変化
次のような様子がないか、普段の食卓で確認してみましょう。
- 硬い物や繊維のある物を避けるようになった
- 食べ物を小さく切っても、なかなか噛み終わらない
- 口から食べ物がこぼれる、口の中に残る
- 一口を何度も飲み込んでいる
- 水、お茶、汁物でむせる
- 食事中や食後に咳が出る
- 食後に声が濡れたような、ガラガラした声になる
- 食事時間が以前より長くなった
- 食後に強く疲れる、食べ残しが増えた
- 体重が減ってきた
夜間の咳や原因のはっきりしない発熱を繰り返すことも、飲み込みの問題を考える手がかりになります[3]。一方、誤嚥しても必ずむせるとは限りません。むせがないことだけで「安全に飲み込めている」と判断するのは避けましょう。
変化を確かめるときは、「ちゃんと食べて」と責めるのではなく、「最近、噛みにくい物はある?」「水とお茶では、どちらが飲みやすい?」「口の中や入れ歯に痛いところはない?」と具体的に尋ねます。食事量だけでなく、何を残したか、どの食品でむせたか、食事にどのくらい時間がかかったかも記録しておくと、相談時の手がかりになります。
体重も定期的に確認しましょう。噛む・飲み込む変化に体重減少が重なっていれば、食形態の問題だけでなく、すでに栄養摂取量が不足している可能性があります。食べ方の安全性と、必要なエネルギーやタンパク質を取れているかを分けずに見ることが重要です。
「とにかく軟らかくする」だけでは解決しない
食べにくそうだからと、すべてを粥や刻み食に変えればよいとは限りません。水分が多い粥は、少量では十分なエネルギーを取りにくいことがあります。細かく刻んだ食品は口の中で散らばり、ひとまとまりにしにくい人もいます。水やお茶で流し込ませることも、状態によっては危険です。
とろみも、濃ければ濃いほど安全というものではありません。必要な硬さ、まとまりやすさ、付着しにくさ、とろみの程度は、その人の噛む力、舌の動き、飲み込み方によって異なります。食形態や介助方法は、評価に基づいて調整することが大切です[4]。
家庭でできる基本は、身体を起こして安定した姿勢をつくること、眠気が強いときには無理に食べさせないこと、一口ずつ急がず、飲み込んだことを確認して次の一口へ進むことです。口の中に食べ物がある状態で話しかけ続けない配慮も必要です。食材は、煮る、蒸す、あんやソースでしっとりさせるなど、食べやすくする工夫ができます。ただし、これらは専門的な評価の代わりではありません。
早めの相談が「食べる」を守る
噛みにくさがあるときは、歯科で歯、歯ぐき、入れ歯、口の乾燥などを確認します。むせ、喉のつかえ、声の変化がある場合は、かかりつけ医や耳鼻咽喉科などに相談しましょう。必要に応じて、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士、歯科衛生士などが連携し、口の状態、食事場面、栄養状態を確認します。薬を飲み始めてから口の乾燥や眠気が強くなった場合は、医師や薬剤師への相談も大切です。
息ができない、顔色が急に悪くなる、食べ物が詰まって声が出せないなど、窒息が疑われるときは緊急の対応が必要です。また、むせの増加、繰り返す発熱、急な体重減少、食事や水分がほとんど取れない状態は、早めに医療機関へつなぎましょう。
「歳だから仕方がない」と食べる量が減るのを見過ごすと、低栄養が進んでから初めて問題に気づくことがあります。大切なのは、無理に食べさせることではなく、なぜ食べにくいのかを見つけ、その人に合う方法で安全と栄養の両方を守ることです。
安全に食べる。必要な栄養を取る。そして、できる範囲で身体を動かす。この「食べる→動く」の土台を守るためにも、噛む・飲み込む力の変化を低栄養の早期サインとして捉えましょう。
執筆者
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
参考文献・参考資料
[1] 公益財団法人長寿科学振興財団「摂食・嚥下障害の評価」
[2] 一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「嚥下障害―意外と知らない」
[3] 慶應義塾大学病院 KOMPAS「摂食嚥下障害のリハビリテーション」
[4] 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」(介護保険最新情報 Vol.1217)
初回公開日
2026年9月17日
最終更新日
2026年9月17日
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