『高齢者の低栄養を知る100の話㊲』
認知機能が低下した人の食事というと、「食べたことを忘れて、何度も食べたがる」という姿を想像するかもしれません。
しかし、実際に起こる問題はそれだけではありません。
食材を買う、献立を考える、調理する、食卓へ運ぶ、目の前の物を食べ物と認識する、箸を使う、噛んで飲み込む。食事は、記憶、判断、注意、身体の動きを組み合わせた複雑な行動です。
認知機能が低下すると、この一連の流れのどこかが難しくなり、食事量の減少や偏り、脱水、低栄養につながることがあります。
初期には「買う・作る」が難しくなる
認知機能低下の早い段階では、食べる動作そのものより、食事を準備するまでの過程に変化が現れることがあります。
料理には、冷蔵庫にある物を確認し、献立を考え、必要な物を買い、複数の作業を順番に進める力が必要です。このように、計画を立てて実行する力を「遂行機能」といいます。
遂行機能が低下すると、次のような変化が起こります。
- 同じ食品を何度も買う
- 冷蔵庫に食材があるのに「何もない」と言う
- 食品の期限切れや腐敗が増える
- 以前作っていた料理を作れなくなる
- 火を消し忘れる
- 一品だけで食事を済ませる
- 食事の時間が不規則になり、欠食が増える
本人は「きちんと食べている」と答えても、実際にはパンや菓子だけ、麺だけという日が続いているかもしれません。
一人暮らしの場合は、体重が減って初めて、食事を準備できなくなっていたことに周囲が気づくこともあります。家族は本人の返答だけで判断せず、冷蔵庫の中、購入履歴、ごみ、実際の食べ残しなども、本人の尊厳に配慮しながら確認します。
「食べない」のではなく、食べ方が分からないことがある
認知機能の低下が進むと、食事を目の前に置いても手をつけないことがあります。
このとき、単に食欲がない、食事を拒否しているとは限りません。
目の前にある物を食べ物として認識できない「失認」や、箸やスプーンの使い方が分からなくなる「失行」が起きている可能性があります。料理と食器の区別がつきにくい、食べ始めるきっかけが分からない場合もあります。
言葉の理解が難しくなれば、「食べてください」という声かけの意味が伝わらないこともあります。周囲の音や人の動きに注意を奪われ、食事に集中できない人もいます。
この状態を「わがまま」「食べる気がない」と捉えて強く促すと、不安や混乱が強まり、ますます食べられなくなることがあります。
認知症の進行に伴って起こり得る変化
認知症の種類、進行の程度、身体状態によって、食事の問題は異なります。すべての人に同じ順序で現れるわけではありません。
一般的には、次のような変化が見られます。
食事をしたことを忘れる
食べたこと自体を忘れ、「まだ食べていない」と訴えることがあります。反対に、食事の時間を忘れ、何も食べずに過ごす人もいます。
空腹を訴える場合は、食事記録を確認したうえで、少量の乳製品、果物、飲み物などを提供する方法があります。食事をした事実を強く言い聞かせ、本人と争う必要はありません。
特定の食品に偏る
甘い物ばかり欲しがる、同じ料理しか食べない、以前好きだった物を拒むことがあります。味覚や嗅覚の変化、食べ物への認識、薬、口腔状態なども関係します。
食べられる物を生かしながら、卵、乳製品、豆腐、魚などを加え、エネルギーとたんぱく質を確保する工夫が必要です。
食事中に動いてしまう
落ち着いて座れず、途中で席を立つ、歩き回ることがあります。食事時間を短くする、一度にすべてを並べない、手で持って食べられる物を取り入れるなど、その人の行動に合わせます。
食べ物を口にためる
噛む動作や飲み込むタイミングが分からず、頬と歯ぐきの間に食べ物が残ることがあります。一口が大きい、次々に口へ入れる、反対にいつまでも飲み込まないといった変化も見られます。
むせや飲み込みの問題が生じる
認知症が進行すると、食べ物を認識して口へ運ぶ段階から、噛む、まとめる、飲み込む段階まで障害されることがあります。国立長寿医療研究センターも、進行に伴って失行・失認が現れ、末期には嚥下機能そのものが障害される場合があると説明しています[1]。
むせが増える、食後に声が変わる、発熱を繰り返す場合は、食形態を自己判断で変えるだけでなく、医療機関や歯科などへ相談します。
認知機能低下と低栄養は悪循環になる
認知症のある高齢者では、低栄養や水分摂取不足が起こりやすいことが知られています。認知症の重症度が高いほど、大きな体重減少が多かったという研究も報告されています[2]。
食事量が減り、体重や筋肉が落ちると、歩行、姿勢保持、食事動作がさらに難しくなります。活動量が減れば空腹を感じにくくなり、食事量が一段と減る可能性があります。
水分不足による脱水は、便秘、だるさ、食欲低下だけでなく、意識や認知機能の悪化にもつながります。
つまり、
認知機能が低下する
→ 食事の準備や摂取が難しくなる
→ 低栄養・脱水になる
→ 身体機能や認知機能がさらに低下する
という悪循環に注意が必要です。
2024年に更新されたESPENのガイドラインでも、認知症のある人には、低栄養と脱水の定期的なスクリーニング、個別の栄養評価、継続的な確認が必要とされています[3]。
食べられない理由を食卓で観察する
「食欲がありますか」と質問するだけでは、原因を把握できないことがあります。実際の食事場面を見て、どの段階で止まっているかを確認します。
- 食事が来たことに気づいているか
- 料理を食べ物として認識しているか
- 最初の一口を自分で始められるか
- 箸やスプーンを使えるか
- 周囲の音に気を取られていないか
- 噛んで飲み込めているか
- 口の中に食べ物が残っていないか
- 痛み、義歯の不具合、口の乾燥がないか
- 眠気や薬の影響がないか
観察によって原因が分かれば、必要な支援も変わります。
食べ物と食器の色に差をつける、テーブルの上を整理する、テレビを消す、最初の一口だけ手伝う、使いやすい食具へ替える、好きだった料理や慣れた食器を使うなどの工夫ができます。
一度に多く並べると混乱する人には、一品ずつ出す方法もあります。食事量が少ない人には、少量でエネルギーとたんぱく質を取れる食品や栄養補助食品を検討します。
ただし、本人の口へ次々に食べ物を運ぶ、口を無理に開かせるなど、強制的な介助は避けます。表情やしぐさを見ながら、食べられる速さと量を尊重することが大切です。
急に食べなくなったら「認知症の進行」と決めつけない
認知症のある人が急に食べなくなった、ぼんやりする、落ち着かなくなった場合は、認知症が進行したとは限りません。
感染症、脱水、便秘、痛み、低血糖、薬の変更、睡眠不足などによって、一時的に意識や注意が乱れる「せん妄」が起きることがあります[4]。
本人が症状をうまく説明できない場合、食事拒否や行動の変化が病気の最初のサインになることもあります。数日から短期間で急に変化した場合は、早めに医療機関へ相談してください。
食事や水分をほとんど取れない、強い眠気がある、発熱や息苦しさがある、繰り返しむせる場合は、速やかな医療相談が必要です。
認知機能が低下しても、すべての食べる力が一度に失われるわけではありません。できないことだけでなく、まだできることを見つけ、食事環境と介助方法を本人に合わせます。
食事は栄養を補うだけでなく、安心、習慣、楽しみ、人とのつながりを支える時間です。低栄養を防ぐためにも、「なぜ食べないのか」ではなく、「どこで食べることにつまずいているのか」を丁寧に見ていきましょう。
執筆者
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
参考文献・参考資料
[]国立長寿医療研究センター「嚥下調整食/高齢者の嚥下機能と食事介助」
[2]公益財団法人長寿科学振興財団「認知症・認知機能低下:栄養・食事について」
[3]Volkert D, et al. “ESPEN guideline on nutrition and hydration in dementia—Update 2024.” Clinical Nutrition. 2024;43(7):1599–1626.
[4]公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット「せん妄」
初回公開日
2026年9月18日
最終更新日
2026年9月18日
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