91.病気になった人を治すだけでは、高齢社会を支えられない

日本の医療は、病気を診断し、治療することで多くの命を救ってきました。高齢社会でも、必要な治療を受けられる体制は欠かせません。

しかし、「病気になったら医療機関で治す」という仕組みだけでは、高齢者の生活を十分に支えられなくなっています。

高齢者では、一つの病気を治療しても、低栄養、筋力低下、複数の慢性疾患、薬の問題、孤立などが重なりやすいからです。病気が落ち着くことと、元の暮らしへ戻ることは同じではありません。

病院に来る前から変化は始まっている

高齢者が入院する日から、突然弱くなるわけではありません。

その前から、食事量が減る、体重が落ちる、外出しなくなる、薬が増える、むせる、転びやすくなるといった小さな変化が続いていることがあります。

本人が「年のせい」と考えて受診しなければ、医療機関はその変化を把握できません。

救急搬送された時点では、治療に加えて、低栄養や筋力低下への対応、退院後の生活調整まで必要になります。

治療を始める場所だけでなく、悪化する前の変化を見つける場所が地域に必要です。

治療が成功しても生活機能は戻らないことがある

肺炎が治った、骨折の手術が終わった、心不全が落ち着いた。それでも、入院中の安静や食事量低下によって筋力が落ちれば、自宅での生活が難しくなることがあります。

退院後も食べられなければ体力が戻らず、再び体調を崩すかもしれません。薬の変更による食欲低下やふらつきも、次の診察まで気づかれないことがあります。

したがって、高齢者医療では、病気を治すことに加えて、食べる、歩く、排泄する、人と関わるといった生活機能を守る視点が必要です。

WHOの高齢者向け統合ケアも、病名だけではなく、移動能力、認知、視聴覚、栄養、心理状態などの変化を捉え、本人を中心に支援する考え方を示しています[1]。

医療機関だけでは見えない情報がある

診察室で「食事は取れていますか」と聞かれ、「はい」と答えても、実際には一日一食だったり、菓子パンだけで済ませていたりすることがあります。

冷蔵庫が空になっている、配食を残すようになった、同じ食品ばかり買っている、薬を飲み忘れているといった変化は、生活の場に近い人ほど気づきやすいものです。

家族、薬局、訪問介護、デイサービス、配食事業者などが変化を見つけ、本人の同意を得て医療や介護へ伝える。その後、各専門職が原因に応じて関わります。

厚生労働省も、通いの場などで低栄養を含む支援対象者を把握し、地域包括支援センター等と連携して、必要な医療・介護サービスへつなぐことを示しています[2]。

予防・治療・生活支援を一続きにする

これから必要なのは、治療を予防へ置き換えることではありません。予防、早期発見、治療、回復支援、再発予防を一続きにすることです。

例えば、地域の薬局で体重減少に気づき、かかりつけ医へ情報を伝える。病気が見つかれば治療し、管理栄養士が食事を支える。退院後は訪問介護や配食サービスが食事量を確認し、変化があれば再び医療へ返す。この循環があれば、支援が一度で途切れません。

地域包括ケアシステムも、住まい、医療、介護、予防、生活支援を一体的に提供する考え方です[3]。

地域全体を日常的な見守りの網にする

2040年に向けて生産年齢人口が減り、介護人材の逼迫が見込まれるなか、状態が悪化した人への支援だけを増やし続けることには限界があります[4]。

だからこそ、各職種や事業者が通常業務の中で小さな変化を確認し、連携する仕組みが必要です。

病気になった人を治す医療は、これからも社会の中心です。ただし、その前後を地域が支えなければ、治療の成果を暮らしの回復へつなげられません。

高齢社会を支えるとは、病気だけを見ることではなく、その人の生活の変化を早く見つけ、治療と食事、介護、住まいを切れ目なくつなぐことなのです。


執筆者:一般社団法人在宅栄養ケア推進基金

参考文献・参考資料

[1]厚生労働省「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関するとりまとめ」
[世界保健機関(WHO)「Integrated care for older people(ICOPE)」
[3]厚生労働省「高齢者保健事業の実施等に関する指針」
[4]厚生労働省「地域包括ケアシステム」

初回公開日
2026年10月19日

最終更新日
2026年10月19日