『高齢者の低栄養を知る100の話“”』
「食べる」ことは、栄養素を体に入れることだけではありません。
好きな物を味わう。家族や友人と食卓を囲む。食べることは、体を保つと同時に、その人らしい生活を支えています。
高齢者の食事量が減ったとき、失われようとしているのは体重や筋肉だけではありません。外出する力、人と会う機会、自分で生活する力、そして暮らしの楽しみも少しずつ失われる可能性があります。
だから低栄養予防は、単なる食事指導ではありません。「食べる」を守り、生活を守る取り組みです。
低栄養は、静かに始まる
低栄養は、ある日突然起こるものではありません。
食欲が落ちた。歯が痛くなった。薬の変更後に吐き気がする。一人分の食事を作らなくなった。こうした変化が重なり、食事量、体重、筋肉、活動量が徐々に低下します。
その途中では、「年を取ったから仕方がない」と見過ごされがちです。しかし、意図しない体重減少や食事摂取量の低下は、病気や口腔機能、薬、認知機能、心理状態、生活環境などを見直す重要な手がかりです。
国際的なGLIM基準でも、低栄養は体重減少、低BMI、筋肉量減少といった身体的な変化だけでなく、食事摂取量の低下や消化吸収の問題、疾患による負荷・炎症などを組み合わせて診断します[1]。
つまり、「もっと食べましょう」と声をかけるだけでは足りません。なぜ食べられないのかを確かめ、原因に合った支援へつなぐ必要があります。
体重と食事量を尋ねることが当たり前になる
低栄養予防が当たり前になった社会では、血圧や服薬状況を確認するように、体重と食事量の変化も日常的に確認されます。
病院や診療所だけでなく、薬局、歯科、介護事業所、配食サービス、スーパー、通いの場などで、小さな変化に気づける仕組みをつくります。
「最近やせましたか」「食べる量が減っていませんか」という短い質問が入口です。リスクがあれば、検証された方法でスクリーニングし、緊急性を確認します。その後、医療機関での診断、管理栄養士による栄養支援、歯科や言語聴覚士による口腔・嚥下支援、薬剤師による服薬確認、介護や生活支援へつなぎます。
厚生労働省も、高齢者の保健事業と介護予防を一体的に実施し、栄養、口腔、服薬などの課題に応じた支援を行い、必要な医療・介護サービスへつなぐ方向を示しています[2]。
大切なのは、低栄養になってから対応するだけでなく、健康なうちから定期的に状態を確認し、小さな変化を見逃さないことです。
薬局が地域の入口になる
全国各地にある薬局は、この仕組みの重要な入口になり得ます。
薬局では、高齢者と繰り返し会い、服薬情報を確認できます。前回よりやせた、歩き方が弱々しい、食欲が落ちたという変化に気づき、薬の影響も含めて整理できます。必要な場合は処方医へ情報を伝え、次回来局時に受診や食事の状況を確認できます。
ただし、すべての薬局が栄養スクリーニングや管理を行っているわけではありません。また、薬局が低栄養を診断したり、すべての問題を抱え込んだりするのでもありません。
「気づく」「確認する」「つなぐ」「経過を見る」ことが重要です。
2025年の薬機法改正で創設された「健康増進支援薬局」の認定制度は、2027年5月20日から施行されます[3]。
薬局が医薬品の適正使用を支えるだけでなく、健康の保持増進に必要な情報提供や相談対応を行い、地域の関係機関とも連携していく。こうした役割が、制度面からも後押しされようとしています。
その上で、すべてを薬局経由にする必要もありません。配食、介護、家族、地域住民が異変を見つけ、医療機関や地域包括支援センターへ直接つなぐ経路も必要です。
大切なのは、誰が発見しても支援が途切れないことです。
国の政策も、治療から予防・健康増進へ
国の政策も、予防や健康増進を一層重視する方向へ進んでいます。
2026年に政府が掲げた「攻めの予防医療」では、病気の予防や早期発見、重症化予防に加え、一人ひとりの健康づくりを社会全体で支える考え方が示されています。
同年7月に厚生労働省が公表した「U.E.N.O.Plan」では、「栄養・食生活」が6つの重点領域の一つに位置づけられました[4]。
また、「経済財政運営と改革の基本方針2026」では、関係機関が連携した健康増進、疾病予防、早期発見・早期介入の推進に加え、栄養・食生活に関する健康リテラシーの向上や、地域住民の健康増進に資する薬局機能・薬剤師の役割の強化も示されています[5]。
これらの政策は高齢者の低栄養予防だけを対象とするものではありません。しかし、健康なうちから栄養状態に関心を持ち、変化を早期に捉え、医療や地域の支援につなぐ取り組みは、その方向性と重なります。
低栄養予防は、特定の専門職だけで完結する課題ではありません。医療、介護、薬局、行政、食品、農業、地域のさまざまなサービスが、共通の課題として取り組める分野です。
低栄養という課題を共通言語にすることで、これまで別々に活動してきた人や組織がつながる可能性があります。
技術は人を支えるために使う
体重計、スマートフォン、食事記録、電子的なスクリーニング、医療・介護情報の共有は、低栄養の早期発見を助けます。経時的な変化を見えるようにし、必要な人を見つけ、専門職間の情報共有を速くできます。
一方で、機器を使えない人、相談に来られない人、支援を拒む人もいます。技術の導入によって新たな格差を生んではいけません。訪問、電話、対面での声かけを残し、本人の同意やプライバシーにも配慮する必要があります。
WHOのICOPEも、高齢者の心身機能の低下を早期に把握し、地域の状況に応じた本人中心の統合的な支援へつなぐ考え方を示しています[6]。
技術は、その人を管理するためではなく、その人らしい生活を支えるための道具です。
低栄養予防を、理念から地域の日常へ
低栄養予防の必要性を理解していても、実際に地域で取り組みを続けることは簡単ではありません。
誰がリスクに気づくのか。どのように栄養状態を確認するのか。必要な食事や支援をどう届けるのか。そして、その取り組みを誰が継続していくのか。
これらを一つずつ具体的な仕組みに変えることが必要です。
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金と栄養ケアプランニング株式会社でも、医療・介護・薬局・自治体・食品・農業などの関係者と協働しながら、その実現に向けた取り組みを進めています。
例えば、専門職が栄養状態を確認し、経過を把握し、必要な支援につなげるための「栄養ケア支援システム」。低栄養予防や食事の課題に対応するためのフレイルケア食の提案。
また、自治体や薬局などと連携した低栄養・フレイル予防事業の構築、JAと協働する「健食健歩会」での栄養や健康づくりの啓発活動、食品企業との高齢者向け商品開発などにも取り組んでいます。
それぞれは異なる取り組みに見えるかもしれません。しかし、目指していることは共通しています。
低栄養に気づく仕組みをつくり、必要な食事や支援につなぎ、健康な生活を続けられる環境を地域に増やしていくことです。
システムだけで低栄養が解決するわけではありません。食品だけでも、健康講座だけでも十分ではありません。
栄養状態を把握する仕組み、食事や生活を改善するための商品・サービス、医療や介護との連携、そして地域の人々が継続して利用できる環境。それらが組み合わさって、初めて日常の中で機能する予防につながります。
私たちも、すべての答えを持っているわけではありません。現場で活動する専門職、地域を支える事業者、研究機関、自治体など、それぞれの知見や強みを持つ人たちとの協働が欠かせないと考えています。
予防の目的は、費用を減らすことだけではない
低栄養予防は、医療や介護の負担軽減にもつながる可能性があります。しかし、社会保障費を減らすことだけを目的にしてはいけません。
本人が好きな物を食べ、行きたい場所へ行き、住み慣れた地域で暮らし続ける。家族が介護だけに追われず、自分の生活も守れる。地域の商店、農業、配食、医療、介護がつながり、必要な食と支援を届けられる。そこに低栄養予防の本当の価値があります。
健康日本21(第三次)は、健康に関心の薄い人も含め、誰もが自然に健康になれる環境づくりを掲げています[7]。
低栄養予防も、健康意識の高い人だけが利用する特別なサービスではなく、地域の日常に組み込む必要があります。
そして、それを実現するには、関わる人や事業者にも継続する意義があることが大切です。
薬局にとっては地域住民との新しい接点となり、食品企業にとっては高齢者の課題を踏まえた商品開発の機会となる。自治体にとっては、既存の地域資源を活用した予防事業につながります。
社会的な意義と、それぞれの事業や活動の持続可能性が両立してこそ、低栄養予防は一時的な取り組みではなく、地域に根づく仕組みになっていくのではないでしょうか。
100回の連載を終えて――「食べる」を守る社会へ
この連載では、100回にわたり、高齢者の低栄養をさまざまな角度から取り上げてきました。
低栄養が体に与える影響、栄養状態を把握する方法、医療や介護との関係、薬局や配食サービスの役割、そして地域で予防に取り組む可能性。
伝えたかったことは、一つです。
低栄養は、誰か一人、どこか一つの組織だけで解決できる課題ではないということです。
大きな制度が完成するまで待つ必要はありません。
家族なら、最近の体重と食事量を尋ねる。薬局なら、来局時に短い質問を加える。配食や介護の現場なら、食べ残しや体の変化を記録する。医療機関なら、治療と並行して栄養状態を評価する。行政なら、発見後の相談先と連携手順を地域で決める。食品企業なら、食べることに困っている人の声を商品開発に生かす。
一つひとつは小さな行動です。しかし、それらがつながれば、「誰かが気づいたのに、何も起こらなかった」という状況を減らせます。
低栄養予防が当たり前になる未来とは、すべての高齢者に同じ物を食べさせる社会ではありません。一人ひとりが、食べられない理由に応じた支援を受け、自分らしく食べ続けられる社会です。
私たちは、この100回でお伝えしてきた考え方を、地域の中で実際に機能する仕組みへとつなげていきたいと考えています。
低栄養予防や健康増進に関心を持つ医療・介護関係者、薬局、自治体、食品企業、農業関係者、研究機関、地域の事業者の皆さまと、これからも知恵を出し合い、取り組みを広げていければ幸いです。
「最近、ちゃんと食べられていますか」
その一言を、家族も、医療も、介護も、薬局も、食に関わる人も自然に交わせるようになること。
そして、気づいた人が、必要な支援につなげられること。
誰もが、最期まで自分らしく「食べる」ことを楽しめる社会へ。
100回の連載はここで一区切りとなりますが、低栄養予防を当たり前にするための取り組みは、これからも続いていきます。
低栄養予防・健康増進に関する連携のご相談
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金および栄養ケアプランニング株式会社では、地域での低栄養予防・健康増進に向けた協働や、栄養ケア支援システム、フレイルケア食、予防事業、健康づくり活動、食品・サービス開発などについて、さまざまな関係者との連携を進めています。
それぞれの地域や事業の課題に応じて、一緒に取り組めることを考えていければ幸いです。
一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
https://zaitakueiyou.com/
栄養ケアプランニング株式会社
https://nutritioncp.net/
執筆者:一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
参考文献・参考資料
[1]日本栄養治療学会「GLIM基準について」
[2]厚生労働省「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施について」
[3]厚生労働省「健康増進支援薬局の認定制度に係る関係省令の整備等について」(2026年6月30日)
[4]厚生労働省「U.E.N.O.Plan~攻めの予防医療厚生労働省関係施策~」(2026年7月23日)
[5]政府「経済財政運営と改革の基本方針2026」(2026年7月21日閣議決定)
[6]World Health Organization「Integrated care for older people approach(ICOPE)」
[7]厚生労働省「健康日本21(第三次)」
初回公開日
2026年10月26日
最終更新日
2026年10月26日
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