『高齢者の低栄養を知る100の話“75”』
「筋肉が落ちてきたから、運動を始めよう」
これは間違った考えではありません。筋力や歩行能力を維持するために、運動は重要です。
しかし、食事量が減り、体に必要なエネルギーやたんぱく質が不足した状態で運動量だけを増やしても、期待したように筋肉がつかないことがあります。
場合によっては、体重減少、疲労、ふらつきなどが進み、運動を続けられなくなることもあります。
運動の効果を得るためには、「どのように体を動かすか」だけでなく、「その体を何で支えるか」を考える必要があります。
運動すると、体はエネルギーを使う
体を動かすためにはエネルギーが必要です。
運動中は、主に体内に蓄えられた糖質や脂質などがエネルギー源として使われます。運動後には、使われたエネルギーを補い、負荷を受けた筋肉を修復する必要があります。
しかし、日頃の食事量が少なく、摂取するエネルギーより消費するエネルギーの方が多い状態が続くと、体は蓄えている脂肪だけでなく、筋肉を構成するたんぱく質も利用するようになります。
運動によって筋肉へ刺激を与えても、修復に必要なエネルギーと材料が不足していれば、筋肉を十分に維持・増加させることが難しくなります。
運動による刺激
+
十分なエネルギーとたんぱく質
=
筋肉の維持・回復につながる
運動だけでは、この式は完成しません。
「運動しているのに筋肉が減る」こともある
栄養が不足した状態で運動量を増やすと、次のようなことが起こる可能性があります。
体重や筋肉量の減少が続く
食事で補える以上のエネルギーを運動で消費すれば、体重減少が進む可能性があります。
高齢者では、体重が減るときに脂肪だけでなく筋肉も失われやすいため、注意が必要です。
運動を続けていても、食事量が増えず、体重やふくらはぎが細くなっている場合は、「運動が足りない」と決めつけず、栄養状態を見直します。
運動後の回復が遅れる
十分に食べられていないと、運動後の疲労が長く残りやすくなります。
運動教室に参加した翌日はほとんど横になっている、運動後に食欲が落ちる、家事や買い物ができなくなるという状態では、生活全体の活動量がかえって低下する可能性があります。
教室で運動できたかだけでなく、その後の生活にどのような影響が出たかを確認することが大切です。
ふらつきや転倒の危険が高まる
食事や水分が十分に取れていない人は、もともと筋力や持久力が低下していることがあります。
その状態で強い運動を行うと、疲労、ふらつき、注意力低下などが生じ、転倒につながる可能性があります。暑い時期や発熱・下痢の後などは、脱水にも注意が必要です。
また、糖尿病の薬やインスリンを使用している人では、食事量が少ないまま運動すると低血糖を起こすことがあります。運動量や食事量が変わる場合は、医師や薬剤師へ相談します。
たんぱく質だけでは足りない
筋肉の材料として、たんぱく質は重要です。
しかし、「筋肉をつけるなら、たんぱく質だけを増やせばよい」と考えるのは適切ではありません。
主食をほとんど食べず、食事全体のエネルギーが不足していれば、摂取したたんぱく質が、筋肉の材料ではなくエネルギー源として使われることがあります。
まず、一日に必要なエネルギーを確保したうえで、肉、魚、卵、牛乳・乳製品、大豆製品などから、たんぱく質を取ることが基本です。
高齢者では、一度に多く食べることが難しい場合があります。その場合は、三食に分けて主食と主菜を組み合わせたり、間食や栄養補助食品を活用したりする方法があります。
ただし、腎臓病、心不全、糖尿病などがある人は、病状や治療内容に応じた調整が必要です。一律に高たんぱく食品やサプリメントを増やさず、医師や管理栄養士に相談します。
栄養不足の原因を確認することが先
食べる量が少ない人に、「運動後はしっかり食べましょう」と説明するだけでは解決しないことがあります。
なぜなら、本人が食べたくても食べられない可能性があるからです。
- 病気や炎症によって食欲が低下している
- 薬の影響で吐き気、眠気、口の渇きがある
- 歯が痛い、義歯が合わない
- むせや飲み込みにくさがある
- 便秘や腹部膨満感がある
- 買い物や料理ができない
- 一人で食べることが多く、食欲が湧かない
- 経済的な理由で食費を減らしている
- 認知機能が低下し、食事を忘れている
原因によって、必要な支援は異なります。
短期間の大きな体重減少や原因不明の食欲低下がある場合は、運動の方法を考える前に医療機関へ相談します。薬の影響が疑われる場合は薬剤師、口腔の問題は歯科、食事内容は管理栄養士、生活上の問題はケアマネジャーや地域包括支援センターなどにつなぎます。
では、低栄養なら運動を休むべきなのか
低栄養が疑われるからといって、すべての運動や日常活動を中止すればよいわけではありません。
高齢者が長く安静にすると、筋肉量や筋力がさらに低下し、立つ、歩く、食事をするなどの日常生活動作にも影響します。
大切なのは、栄養状態、病気、体力に合わせて運動内容を調整することです。
低栄養の原因を確認し、必要な栄養を確保しながら、本人が安全に行える範囲で体を動かします。状態によっては、歩行や強い筋力トレーニングではなく、座った姿勢での運動や、短時間の立ち上がり練習から始めることもあります。
医師、管理栄養士、理学療法士などが連携し、栄養と運動を同時に支えることが理想です。
ESPENの高齢者の臨床栄養・水分管理に関するガイドラインでも、低栄養の予防・治療では、個人に合わせた栄養支援と身体活動を組み合わせることが重視されています[1]。
運動前後に確認したいこと
本人や支援者は、運動の前後に次のような点を確認します。
運動前
- 食事や水分を取れているか
- 強い疲労、発熱、痛み、息苦しさがないか
- 体重減少が続いていないか
- ふらつきや転倒が増えていないか
- 糖尿病治療中の場合、低血糖への備えができているか
運動後
- 強い疲労が翌日まで続いていないか
- 食欲が低下していないか
- めまい、ふらつき、動悸などがなかったか
- 運動後に食事や水分を取れているか
- 体重がさらに減っていないか
- 運動以外の日常活動が減っていないか
胸の痛み、強い息苦しさ、意識が遠のく感じ、強い動悸などがあれば、運動を中止し、状態に応じて速やかに医療機関へ相談します。
目標は「運動すること」ではない
運動教室へ毎回参加していても、体重が減り続け、食事量が少なく、教室以外では寝ている時間が増えているなら、フレイル予防がうまくいっているとはいえません。
確認すべきなのは、運動の回数だけではなく、
- 体重や筋肉量が維持できているか
- 食事量が保たれているか
- 疲れにくくなったか
- 歩行や立ち上がりが改善したか
- 日常生活の活動が増えたか
- 外出や交流を続けられているか
という変化です。
厚生労働省も、高齢者の低栄養予防では、バランスのよい食生活と、個人の身体能力に合わせた運動を組み合わせることが重要としています[2]。
栄養不足の状態で運動量だけを増やすと、運動の効果を十分に得られない可能性があります。
「運動すれば筋肉がつく」と考える前に、運動できるだけのエネルギーと、回復のための栄養を取れているかを確認する。
栄養と運動を一体として考えることが、高齢者の筋肉と生活機能を守るための基本です。
執筆者:一般社団法人在宅栄養ケア推進基金
参考文献・参考資料
[1]Volkert D, et al. “ESPEN practical guideline: Clinical nutrition and hydration in geriatrics.” Clinical Nutrition. 2022;41(4):958-989.
[2]厚生労働省・健康日本21アクション支援システム「高齢者の低栄養予防」
[3]厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」
[4]厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
[5]日本老年医学会「後期高齢者の健康診査で問題を指摘され、外来受診した高齢者の症例」
初回公開日
2026年10月7日
最終更新日
2026年10月7日
「高齢者の低栄養予防」についてお気軽にお問い合わせください!
・低栄養のチェックやアドバイスを行ってくれる薬局について聞きたい
・配食サービスについて教えてほしい
・健康支援型配食サービスを導入したい
・低栄養予防事業を健康増進支援薬局の一環として進めたい
・栄養ケア支援システムについて話を聞いたみたい
・フレイルケア食(たんぱく補助・食欲増進等)の販売について相談したい
・低栄養予防事業を自治体として進めたい(自治体に提案したい)
・高齢者施設や通所施設において、栄養ケアの取り組みを進めたい
・退院後の栄養ケアを実施している薬局を教えてほしい
・高齢者向けフレイルケア食の開発や販売を拡大したい
・事業連携や情報交換・意見交換をしたい 他